国語審議会の動向

国語審議会の動向

《愚者の後知恵》今は解散した電子ライブラリーコンソーシアムの機関誌のために連載していた「電子化文書規格シリーズ」の第3回。
1997年5月
ELICON「電子化文書規格シリーズ」

日本の言語政策を考えるときに、国語審議会(およびその前身となる国語調査委員会、国語調査会など)の動向は、避けて通ることが出来ない。というよりも、国語審議会とこの審議会を管掌する文化庁文化部国語課は、仮名遣い、当用漢字および常用漢字、ローマ字表記、敬語のあり方など、常に日本の言語政策の中枢を担ってきた、と言ってしかるべきだろう。
しかし、言語政策の中に重要な比重を占める漢字政策(というものがあるとして)に関しては、近年、どうも様子がおかしい。コンピューターの普及と共に、いわゆるJIS漢字の話題であるとか、戸籍の電子化に伴う人名用漢字の取り扱いであるとかは、しばしば話題に上るのに、文化庁の漢字政策は、もう一つはっきり見えてこない。国語審議会の区切りごとに、年中行事的に、新聞に取り上げられるだけ、と言っては言い過ぎだろうか?
いずれにせよ、建前はどうであれ、現在の漢字政策には、文化庁文化部国語課、通産省工業技術院規格部電気情報規格課、戸籍を管掌する法務省民事局第二課、の三省庁が係わっている。はた目から見ると、漢字行政は、何かお役所の縦割り政策の狭間で混乱しているのではないか、という危惧すら抱いてしまう。
今回は、国語審議会および文化庁国語課の、漢字政策に対する考えを探るために、筆者が係わった範囲で、時系列に沿って、動きを見ていきたいと思う。

第20期国語審議会審議経過報告として1995年(平成7年)11月に出された『新しい時代に応じた国語施策について』は、全体を
Ⅰ言葉遣いに関すること
Ⅱ情報化への対応に関すること
Ⅲ国際社会への対応に関すること
と、3部構成とした上で、Ⅱの3で、特に「ワープロ等における漢字の字体の問題」を取り上げている。この部分をすべて引用すれば、今回の使命はほとんど終了するのだが、紙幅の都合もあるので、筆者の観点から、簡単に趣旨を要約しておく。
現状で、ワープロ等の漢字の字体は、非常に混乱している。JIS0208の昭和58年の改定時に行われた、第1水準中、常用漢字表に含まれない漢字の略体字化が、混乱の主たる原因である。
例えば森鴎外の「*鴎*」や、冒涜の「*涜*」など、いわゆる康煕字典体に対する要求も根強くあるので、何らかの方法で、康煕字典体を出力できるようにすることが望ましい。
このような、議論をした上で、この節の付論として、「戸籍事務の電算化に伴う漢字の取り扱いについて」として、法務省が取った施策を事実関係のみに限って紹介している。
この答申を受けて、1996年(平成8年)2月に、「国語施策懇談会」という会合が開かれた。
筆者は、このような会合の存在をその時まで知らなかったのだが、国語審議会の審議経過を一般に周知させるとともに、一般からの意見も吸い上げるという目途を掲げて、国語審議会審議報告の解説、識者による意見発表、パネルディスカッションという3部の構成として、この年から形式を一新したとのことだった。
この会合の2日目、午後のパネルディスカッションのパネリストの構成が、非常に目を引く。国立国語研究所の水谷修所長を司会とし、小林一仁(茨城大学教授)、芝野耕司(東京国際大学教授)、鳥飼浩二(文筆業)、松岡榮志(東京学芸大学助教授)の各氏が名を連ねている。芝野氏が、当時作業のただ中にあったJIS X0208の改訂を担当する委員会の委員長であること、松岡氏が、Unicodeに対応するIS規格である10646の漢字部分を担当するISO/IEC JTC1/SC2/WG2/IRG対応の漢字ワーキング専門委員会委員である点を考えると、工技院の所轄である情報規格の分野にも一歩足を踏み込んで議論を進めようという文化庁の意欲のようなものが伺える。

同年6月、第21期国語審議会が発足。筆者の属する㈱ジャストシステム代表取締役社長である浮川和宣もその委員を委嘱された一人だった。各界で経験を積まれてきた方が多く、比較的年齢層の高い委員構成の中にあって、浮川は、先期に引き続き委員を委嘱された歌人の俵万智氏に次いで、年齢が若い。このことからも、国語審議会として、「ワープロ等における漢字の字体の問題」に、積極的に取り組む姿勢を、世上に強力にアッピールしようという強い意図が読みとれる。
筆者は、漢字ワーキング専門委員会において、オブザーバーとして出席しておられた国語課の国語調査官と面識があったこともあり、また浮川を補佐する必要もあって、このころから国語課との連絡を密にすることとなった。
以下は、この過程で知り得た、第21期国語審議会の審議経過の一部である。
基本的には、第20期の答申を受けて、二つの専門委員会が設置されている。一つが言葉遣いについてであり、もう一つが漢字問題についてである。
漢字問題に関しては、今期中に何らかの答申を出すことを目標にかなり意欲的に審議が行われている。この過程で、JIS制定の経緯やUCS制定の経緯に関しても、調査やヒアリングが行われている。

今年(1997年)に入って、やはり2月に平成8年度の国語施策懇談会が行われた。
漢字問題についてのパネルの出席者は、司会に昨年同様水谷修氏、パネリストとして、阿辻哲次(京都大学助教授)、小池建夫(日立製作所)、小林一仁、豊島正之(東京外国語大学助教授)、堀田倫男(日本新聞協会)の各氏。ここでも、漢字ワーキング専門委員会の小池氏、JIS X0208改訂のエディターを務められた豊島氏という情報規格策定の最前線におられる方から率直な意見を聞き出そうという意欲が読みとれる。

本稿では、期せずして「意図」や「意欲」という言葉が頻出している。筆者が係わった範囲で見る限り、国語審議会、文化庁国語課は、けっこう頑張っている。国語施策懇談会でのパネリストや意見発表者の人選にも、単なるお役所仕事を越えた意欲が感じられる。例えば、本年2月に行われた懇談会で意見発表をされた小泉保氏(関西外国語大学教授)の当用漢字制定に至る戦前からの経緯のお話など、微妙な問題も含まれるので、ここでは深く触れることは出来ないが、現今のいわゆるユニコードに対する無定見な批判と重ね合わせてみたとき、ある種の歴史的な系譜のようなものが浮かび上がってきて、知的な興奮さえ覚えさせるものであった。
また、他省庁との連携に関しても、筆者が見聞する限りでは、現場レベルでは、非常に意欲的に取り組んでいる。JISやISOの委員会への国語調査官のオブザーバー参加や逆に国語審議会への工技院電気情報規格課技官のオブザーバー参加などが行われており、筆者自身も担当者間の情報交換の場に立ち会ったことも、度々ある。
いずれにせよ、第21期国語審議会も折り返し点にさしかかっており、あと一年ほどで何らかの答申ないしは審議経過報告を出さなければならない。国語審議会が既存の情報規格にいたずらに妥協することなく、かつ、情報規格の側の改変も含めて、整合性があり真にユーザーの利便を高め、文化を豊かにする答申を出されることを期待したい。

カテゴリー: デジタルと文化の狭間で, 文字コードの宇宙, 旧稿再掲 パーマリンク

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