ISO/IEC SC2 クレタ会議の報告

ISO/IEC SC2 クレタ会議の報告

《愚者の後知恵》今は解散した電子ライブラリーコンソーシアムの機関誌のために連載していた「電子化文書規格シリーズ」の第4回。
1997年9月
ELICON「電子化文書規格シリーズ」

いささか旧聞に属するが、本年(1997年)6月30日から7月9日まで、ギリシャのクレタ島で、ISO/IEC JTC1/SC2 の、WG2、WG3、全体会議が、集中的に行われた。
いつものことながら、このような呪文が、一般の方に理解できるとは思えない。実のところ、つい先頃までの筆者自身、この呪文の意味は、皆目見当が付かなかった。
まず、この呪文を解読することから始めよう。
ISO:これは、分かって欲しい。International Organization for Standardization (国際標準化機構)
IEC International Electrotechnical Commission (国際電気標準会議)
以下、
JTC:Joint Technical Committee
SC:Sub Committee
WG:Working Group
ということになる。情報関係の国際規格は、ISOとIECという二つの標準化組織が、合同で委員会を設けて、運営決定を行っている。
SC2は、この中で、符号化文字集合(Coded Character Set)を担当しており、WG2は、複数バイト系(Multiple Octet)を、WG3は、8ビット系の規格を策定している。端的に言えば、ISO/IEC 10646 を作っているのが、WG2、ISO/IEC 8859 を作っているのが、WG3ということになる。
筆者も、この会議に日本代表団の一員として参加した。今回は、その様子を報告することとする。

ISO/IEC の会議は、それぞれの会議の議長が召集し、ホストを申し出てメンバーの承認を得られた国で、開催される。今回は、ギリシャのナショナルボディであるELOTがホストということになる。開催場所がクレタ島のエラクリオンということで、筆者も出発前に不当な誹謗と怨嗟を受けたが、確かに、ホストは、開催場所の選定に関しては、ある程度その国の代表的な観光地であるとか文化的な歴史を持つ、といったことも考慮しているようである。
言い訳めくが、クレタ選定に当たっては、おそらくは、ミノス文明発祥の地であり、スクリプトBやファイストスの円盤などという、文字の歴史を考える上で欠くことの出来ない重要な文化財が出土したところ、ということも考慮されたと思われる。
会議は、6月30日(月)から7月4日(金)の午前までが WG2、4日(金)の午後と7日(月)がWG3、8日(火)と9日(水)が、SC2の全体会議というかなり長期かつハードなものだった。その間に、ELOT主催のレセプション(8日)とクノッソス宮殿などへの観光(10日)が、行われた。

現在、WG2のConvener は、アメリカの Mike Ksar。ISO の委員会では、SCレベルの議長をChairman、WGレベルの議長をconvener、IRGのような Rapporteur Group の議長をRapporteur というように使い分けている。Convenerは、日本語で言えば、さしずめ主査か。Mikeは HP の社員で、出身はヨルダン。アメリカの市民権等についての情報は筆者にはない。彼の司会で、議事は進められていく。
日本から代表団として参加したのは、期間中の出入りはあったが、HPの佐藤孝幸氏を団長に、慶應大学の石崎俊氏、凸版印刷の加藤重信氏、それに筆者。他に、日本からはSC2の書記局を務めている情報規格調査会の木村敏子女史と会議開始時点でSC2の臨時議長(後に全体会議での了承を経て、JTC1総会で承認)であった東京国際大学の芝野耕司氏。
他の参加者としては、23カ国9関連機関、1オブザーバー。
参加者の自己紹介に続いて、議題の確認。ここからはや手続き上の駆け引きが始まる。どのような議題をどのような順番で審議するか、といったことにも、優れて政治的な駆け引きが存在する。
ようやく議題が確定するまでに、初日の午前中の時間は早々と経過していた。
以後、提出された文書に基づき、次々と議題がこなされていく。と言っても、なかなか一直線には進まず、時につまらない手続き上の問題で停滞し、時にナショナルボディ間の利害が対立して停滞する。情報規格という情報化社会を支えるテクノロジーの基幹に関わる問題が、駆け引きと力関係の中で決められていく。
今回のWG2の議題は、細々とした修正(Amendment)が中心で、大きな流れの変化はなかったと言えよう。強いて挙げれば、ハングルの拡張に伴う実作業の遅れが問題にされたことと、IRG の進行中の作業に関して、正式なプロジェクトとしての見直しが検討されたこと、BMP(Basic Multilingual Plane)以外の面への、文字のアサインが現実味を帯びて議論されたこと等だろうか。
しかし、圧巻は、次回の会議の開催場所についての議論。次回WG2の開催場所として、日本、オランダ、アメリカが名乗りを上げていた。しかし、様々なスケジュールを勘案すると、WG2だけの単独開催は困難であり、SC2全体会議、WG3と同時に開く必要がある。となると、SC2としての意志決定が不可欠になるが、WG2のConvenerは、かなり強引にアメリカのシアトルでの開催を通してしまった。結果的には、WG2全体の投票で決定したことではあるが、Convener が、出身母体のナショナルボディにあからさまに肩入れする姿は、決して美しいものとは言えなかった。「開催国を取る」ということが、ある種の実績と考えられ、そのために、規格策定とは無関係の多大なエネルギーと時間が浪費される状況は、世間一般の常識から見ると、決して健全なものとは言えないだろう。

WG3 は、会議開催時点で、Convener が空席になっていた。そのため、SC2 Acting Chair の芝野耕司氏が、Acting Convener を務めた。
ISO/IEC 8859 は、日常的には日本語との関わりは大きくないが、7 ビットの ASCII コードにもう1ビット加えて、8ビットとし、その結果増えた128個分の文字の領域に、基本的なラテンアルファベット以外の文字を付け加えて、そのグループを切り替えながら使うものと考えれば良いだろう。アーキテクチャとしては、カタカナ半角を8ビットで表現するものも同じと考えて良い。(カタカナ半角は8859にはなっていない)
今回の、WG3 の特徴は、さまざまな国から、この 8859 の新しいパートの提案が多くなされたことにある。例えば、タイ、ベトナム、インド、ルーマニアなど。この提案にはラテン文字への個々の文字の追加の場合も、言語を表現するためのスクリプト全体としての場合もあるが、いずれにしても、8859 で、自国語が表現できるということが、ある種情報先進国への仲間入りのためのパスポート、といった認識が広がりつつあることを実感させられた。
これらに対する一般的な反応としては、日本、アメリカなどの、これ以上8859のパートを増やしたくはない、という陣営と、スウェーデン、フィンランドなど、おそらくは自国の利害が関わらない問題については、ある種「恩を売る」ために、賛成に回るという陣営とに二分されていた。結果的には、提案内容の準備不足もあり、必ずしも全ての提案が受け入れられたわけではないが、16ビットないし32ビットの10646へ移行していこうという趨勢に対して、情報発展途上国の8ビットコードへのこだわりが、改めてクローズアップされることとなった。
WG3の最後に、Convener にギリシャの Melagrakis 氏を選任した。ELOT 主催のすばらしいレセプションと、日曜日の観光ツアーの後では、なかなか反対の意見を述べるのは難しい雰囲気だった。むろん、Melagrakis 氏の手腕、人格を否定するものではないが、やはり各国委員も人の子、やはり接待の効果あり、といったところであろうか。

SC2全体会議は、基本的には、WG2、WG3の議論を追認する手続き上の議題が中心となった。しかし、WGでの議論の蒸し返しがあったり、参加者の出入りがあったりで、やはり議論がすんなりと進むという訳には行かなかった。このような状況の中で、議長を務めた芝野氏は、困難な議事運営を多大なエネルギーでこなされた。
昨今、国際規格における日本の寄与の少なさが云々されることがあるが、今回正式に SC2 委員長になられた芝野氏と、Secretariat として会議運営をまさに細腕一本で支えられた情報規格調査会の木村女史の活躍に対して、筆者はお二人の出身母体の代表団の一人として、心からの尊敬と感謝を捧げたいと思う。

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