ベルリン、生活の中の音楽

10月の下旬は、標準化の会議(ISO/IEC JTC 1総会)で、ベルリンに行っていた。
ヨーロッパに行くのは年に一度程度で、いつも何だかバタバタしていて、残念ながら今まで音楽会に足を運ぶことはほとんど無かった。唯一の例外は、2001年に妻や娘とパリに行った折りの、教会での弦楽オーケストラのコンサート。
今回は、ベルリンだということもあり、出来れば、オペラの一つも見たいなあ、と思ってはいた。
しかし、ぼくは、一人で音楽会に行くのは、あまり好きではない。前に、バーンスタインとイスラエルフィルのことを書いたことがあると思うが、コンサート前後の食事や休憩の時間を一人で過ごすのは、味気ないものだ。その一人の時間の間に、せっかくの豊かな音楽が、どんどんやせ衰えてしまうような気がする。
今回は違った。頼もしい先達に出会うことが出来た。
戸島友之さん。NTTエレクトロニクスの社長をなさっていて、ISO/IEC JTC 1/SC 23のチェアでもある。ふとした会話から、戸島さんが大のオペラファンで、今回も国立劇場の椿姫を日本から予約しておられたことを知った。
こうなるともうたまらない。インターネット調べまくりで、結局はホテルのコンセルジュに頼んで、チケットを一枚手配してもらった。
ぼくが調べたところでは、ベルリンの国立劇場(staatsoper-berlin)は、日本からもインターネットでチケットの予約が出来る。ぼく自身は、どうもクレジットカード決済のところが不調でうまくいかなかったが、日本代表団の一員としてやはりベルリンにいらしていた方は、日本から予約して魔笛をご覧になったとおっしゃっていた。
ぼくが入手したチケットは、10月28日(木)のもの。一番高い席で63ユーロ。ホテルのコンセルジュに手配を頼んだので、15%の手数料を払った。支払いは、宿泊費などと一緒にチェックアウトの際に。
楽しみにしていた当日。
椿姫は、日常的なレパートリーになっている。詳しいスタッフやキャストは劇場のホームページを参照していただきたい。
古典的な衣装や舞台装置とは無縁な随分と斬新な演出だった。
舞台前面全面を、細かいメッシュの金網が紗幕のように覆っていた。これが日常的なものなのか、この出し物のためだけなのかは分からない。舞台後方のビニールのカーテンを水が伝い落ちており、背後から当てられる光を散乱させて、この紗幕に影を映し出して、なかなか幻想的な雰囲気を醸し出している。
前奏曲の始まりから、真っ白い衣装に光の当たったヴィオレッタが舞台に。
前奏曲の途中から現れる他の人物の衣装は、全員真っ黒。
驚いたことに、このプロダクションでは、前奏曲から三幕までを、休憩なしに一気に演奏した。その間、ヴィオレッタは出ずっぱり。二幕の通常はアルフレードとジョルジョ・ジェルモンだけが舞台で掛け合いをするところも、気を失って倒れている状況ながら、舞台から去ることはない。
この演出で特に興味を引いたのは、ジョルジョとヴィオレッタとの関係。ジョルジョとヴィオレッタとの肉体関係を示唆するような動作が随所に見て取れた。歌詞や音楽とは全く独立に、演出上は、ジョルジョがアルフレードからヴィオレッタを引き離したのは、娘の結婚のためなどではなく、ヴィオレッタへの横恋慕から、といった妄想を抱かせる。
二幕の、ヴィオレッタとアルフレードの二重唱、ヴィオレッタとジョルジョの二重唱が、ともにイスの小道具に使った縦の構成(ヴィオレッタが歌いながらイスの上に立ったりする)が、そっくり重なる。ジョルジョとアルフレードが言い争う場面では、ジョルジョ(あれ、アルフレードだったっけ)が、イスを投げつける場面もある。
ヴィオレッタが高級娼婦であるということを勘案すると、もしかすると横恋慕したのは、ジョルジョではなく、アルフレードだった、などといった連想も膨らむ。
休憩時間には、劇場の地下で、ワインなどの飲み物と軽いオープンサンドなどを飲食することが出来る。老夫婦がいすに座って軽食を取っている姿など、う~ん、うらやましいな。
ぼくは、シャンパンを一杯。
四幕。
開始部分は、音楽のモチーフもそうだけれど、前奏曲のシーンの再現。三幕までが、死の床にあるヴィオレッタの回想だと言うことを強く印象づけている。
ここでも、アルフレードとジョルジョの関係は微妙。ジョルジョが登場してからは、二人はヴィオレッタを挟んで、いわば線対称の横の構図を作っている。
フィナーレ、小間使いのアンニーナも含め、他の出演者はすべて舞台を去り、一人残されたヴィオレッタの絶唱で幕。ウェディングドレスを彷彿させるヴィオレッタの白い衣装だけが舞台に浮かび上がっている。
舞台がはねた後、戸島さんとヴァイセンビールを呑みながら、存分に余韻を味わった。
最後の場面でヴィオレッタが一人残されたのは、三幕までだけではなく、四幕のアルフレードやジョルジョとの再会も、ヴィオレッタが見た夢幻だったのではないか、ヴィオレッタは心底寂しい女だった、と戸島さん。
次の日、11月29日(金)、今度は、ベルリンフィルの本拠地、フィルハーモニーで行われたオペレッタガラを、今度は日本代表団の方々と総計5名で見に行った。
こちらは、随分と気楽な音楽会。小さなオーケストラをバックに、バレーあり、歌有りと盛りだくさん。前半は、こうもりを、後半はジプシー男爵を軸に、カルメンから天国と地獄のカンカン踊りまで出てきて、たっぷり2時間半。最後は、春の声とラデッキーマーチで〆。
お一人様、35ユーロ。
会議が、お昼過ぎに終わっていたこともあって、20:00開演の演奏会の前に、フィルハーモニーの近くにあるソニーセンターで、ヴィーナーシュニッツラーやソーセージをつまみながらワインを一杯。
はねた後は、ホテルのロビーで、ヴァイセンビールで反省会。
東京外大の豊島正之さんが、毎年夫人とウィーンにオペラを見に行くと、おっしゃっていたが、少し彼の気持ちが分かるような気がした。日本の外来オペラって、あまりにも値段が高すぎるし、何よりも、日々の生活とかけ離れすぎている。
もう少し時間に余裕が出来たら、幸子と一緒にヨーロッパ音楽三昧旅行に行きたいなあ。

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