次世代電子書籍システムを模索する 電子書籍コンソーシアムとBOD総合実験の今

次世代電子書籍システムを模索する
電子書籍コンソーシアムとBOD総合実験の今

《愚者の後知恵》終わってみれば、なんと馬鹿なことに荷担したのだろう、という慚愧ばかりが残る電子書籍コンソーシアムへの参画だったが、その慚愧も冷静に考えれば、未来を考える際の反面教師にもなりうる。自分の軌跡を抹消するわけにもいかないので、そのまま記録しておくことにする。
1999年4月
出版ニュース’99.4/中

本格的プロジェクトへの展開
1999年3月25日(木)午後1時30分より、神楽坂の日本出版会館にて電子書籍コンソーシアムの年次総会が開かれた。年次総会とはいえ、このコンソーシアムには次の2000年3月の年度末に予定されている年次総会しか残されていない。電子書籍コンソーシアムは現時点で、2000年3月までの期限を切った組織なのだ。その後の存亡は、偏にこれから一年間のコンソーシアムの活動成果にかかっている。

今回の年次総会では、昨年松以来空席になっていた代表にインプレスの塚本慶一郎社長が就任し、副会長陣が一新された。承認を得た新人事は以下の通り。

代表  塚本慶一郎 株式会社インプレス代表取締役社長
副代表 阿部 忠道 株式会社角川書店取締役
副代表 竹内 修司 株式会社文藝春秋常務取締役
副代表 藤田 昌義 株式会社小学館取締役
副代表 山野  勝 株式会社講談社常務取締役

同時に、幹事会に直結した形で総務会を設け、総務会の下に今までのオペレーションオフィスを発展解消した形で、事務局およびオペレーションセンターを置くことも提案、承認された。総務会長には従来副代表(代表代行)を務めておられた小学館インターメディア部次長の鈴木雄介氏の、副総務会長には副代表(代表代行)を務めておられた出版ニュース社の清田義昭社長の就任が、それぞれ承認された。
電子書籍コンソーシアムの今を望観する上で、この人事は象徴的な意味を持っているといえよう。すなわち、一部の電子出版に興味を持つ人たちによる準備的な先進的なプロジェクトから出版界こぞっての本格的プロジェクトへの展開。
代表に就任された塚本慶一郎氏は、パーソナルコンピューターの黎明期から近年のインターネットブームまでを第一線で引っ張ってこられた気鋭の出版人。いまだ若々しい代表を支える形で、コンソーシアムの発起人企業からは、経験豊かな取締役各氏が副代表として名を連ねる。ともすれば通信衛星であるとか高解像度液晶を用いた形態読書端末といったテクノロジーが先行する形で喧伝されてきたこのプロジェクトに、出版界がこぞって取り組むことを内外に印象づけた人事ということができよう。
年次総会の場で、日本書店組合連合会の萬田**会長が、来賓挨拶の中で日書連が賛助会員として入会したことの報告と、組織として電子書籍のプロジェクトに取り組む決意を述べられたことを付け加えると、このことはより鮮明になる。
プロジェクトの経過
ここで、年次総会に至るまでの、電子書籍コンソーシアムと「ブック オン デマンド総合実証実験」の動きを簡単に振り返っておきたい。本誌1998年8月下旬号に、鈴木雄介総務会長の一文が掲載されている。このプロジェクトに至る出版人としての「志」については、そちらをご参照いただきたい。V そもそも、このプロジェクトは、出版業界の中で、先進的に電子出版に係わってきた人々の中からの以下のような問題意識が発端となって立ち上がってきた。
すなわち、
今までの電子出版は、あまりにもコンピューターという機械=メディアに囚われすぎていたのではないか、従来の出版物との差別化を強調する形での「あれもできる、これもできる」というアプローチではなく、従来の書物の持つ特性のうち、何を引き継げて何を引き継げないかを、もう一度原点に立ち戻って考えてみる
従来の書物の持つ、可搬性の高さ、可読性の高さを継承するためには、高解像度の表示装置を持つ携帯可能な専用読書端末が必要ではないか いたずらに検索の利便性などの従来の本では実現できない機能に拘泥するのではなく、従来の書物の大部分を占める通読型の書物の電子化に焦点を絞るべきではないか 多品種少量という出版業界の特色を鑑みると一品目当たりの電子化費用は可能な限り低廉でなければならない
といったことになろうか。これらの輻輳した問題意識に解決の糸口を提供したのは、モノクローム高解像度液晶というある種成熟状態に達した要素技術だった。この要素技術を軸に据えることにより、先の問題意識に対する技術的な回答は非常に自然な形で固まることとなった。
175dpi程度(一般的な人間の目の解像度に相当)の高解像度液晶を持った携帯読書端末を開発する。形態的にも可能な限り、従来の書物のメタファーを尊重する
高解像度液晶を前提とし、書物の電子化を安価かつ大量に行うために、立ち上がり時点での電子化は、従来の書物をイメージデータとして取り込むアプローチで行う
イメージデータの宿命である大容量化に対応するため、情報の配信経路としては、通信衛星、光ファイバーなどの大容量可搬な手段もしくはパッケージメディアを用いる
このような枠組みで、さまざまな検討が、現在の発起人企業を中心とする有志によって、ほぼ2年にわたり進められてきた。
このごく私的なプロジェクトを実現可能にした大きな力が、景気対策のための補正予算枠の中で設定された「先進的**事業」の公募だった。
この公募に応募することを前提とし、プロジェクトは一気に具体的立案のフェイズに入った。募集の枠組みとしてのテーマが、電子商取引を主眼とするものであったために、電子化された書物をいわゆる販売端末を通して読者に届ける部分が中心となり、その要件を満たす技術環境として、オン デマンド でのタイトルの配信、著者への印税支払いまでをも視野に入れた課金精算方法などが組み込まれて、総合実証実験の計画が練り上げられた。
この間、さまざまな曲折はあったが、結果的には9月末日の締め切りまでに、総額18億円円あまりの申請が出された。
この実証実験プロジェクトの申請と雁行する形で、電子書籍コンソーシアムの設立準備も一気に加速することとなった。10月2日の設立総会を以て電子書籍コンソーシアムは正式に発足した。しかし、通産省からの補助金の額が確定しない段階で、請負契約に基づく「ブック オン デマンド総合実証実験」のプロジェクトと広い意味での電子書籍のプロジェクトの切り分けを明確にできないまま、いわば見切り発車的にコンソーシアムを立ち上げざるを得なかったことが、後に会員各社と幹事会会社(主として発起人企業)および担当スタッフの間に、若干の認識の差を生むこととなる。
11月10、契約実務を担当する日本情報処理開発協会(JIPDEC)より、正式採択の通知。これを受けて、12月1日、予算案を含めた臨時総会の開催。
プロジェクトとしては採択されたが、予算額は大幅に削減され、消費税一般管理費を含め、8億円の枠内で、すべての実証実験を行わなければならないこととなった。
実施計画を予算内に落とし込むにあたっては、全体を均等に縮小するのではなく、電子化した書籍をデータベース化し、必要に応じて検索配信の機能を担う、いわば上流のダムの部分に重点的に開発予算を配分し、さまざまな形態で読者に届ける部分については、販売端末、形態読書端末の数量も含めて大幅に絞り込むことにした。それを補完する意味で、自己リスクによる周辺的な実験や実際のビジネス展開の可能性を、会員各社に積極的に検討していただく方針が取られた。
実施計画策定も佳境に入った12月末、事業申請の際の代表企業としても、コンソーシアムの代表としても中心的な役割を担ってこられたオーム社(佐藤政次社長)が自社のご都合で退会されるという、コンソーシアムにとっては手痛い出来事が起こった。しかし、当初より中核的な役割を担ってきた小学館が、契約主体企業を引き継ぐ形で、契約実務は滞りなく進められ、最終的な成約に至った。
また、実証実験のシステム的な準備、契約手続きと平行して、電子書籍プロジェクトの中核となるタイトル電子化は、既にかなりなハイペースで進んでいる。会員各社から著作権処理に目処が立ったものを中心に電子化を希望するタイトルリストの提出をお願いし、現時点で1800タイトルのリストに基づき、御徒町に2月15日に開設した電子化センターで、1日25タイトル、2000年3月までに5000タイトルの電子化を行う。
しかし、コンテンツ電子化の最大の問題は、特に著作権者との間の権利関係の明確化にあることは言を待たない。コンソーシアムでは、この交渉をスムーズに進めるために、暫定的なものとはいえ、版元と著作権者との間の覚書の雛形を用意するなどして、環境づくりも進めている。
10年先を見据えて
一方、我々の「ブック オン デマンド総合実証実験」及び電子書籍コンソーシアムの動きと呼応するように、特に米国において複数の類似のプロジェクトが同時多発的に進められている。ヌーボーメディアによるロケットブックやソフトブックなどは、その代表的な例である。これらに関し、特筆すべきは、NIST(National Institute for Standard and Technology??)が中心となり、鼎立しつつあった電子書籍のフォーマットを統一しようと言う動きが出てきたことである。折しも、国内においても日本電子出版協会が呼びかける形で「出版標準フォーマット」策定の動きも始まっている。われわれの電子書籍フォーマットもこのような動きから孤立して策定することはもはや不可能であろう。LinuxやGNU、Javaなどのオープンソースコードソフトウエアの動きを見るまでもなく、インターフェースやフォーマットなどの情報規格をオープン化し、さまざまな製品、システムに広く用いられることによってデファクトスタンダード化を目指す以外に、最終的なエンドユーザーの利便性をも保証した形での普及は望むべくもない。電子書籍コンソーシアムとしても「出版標準フォーマット」の策定に積極的に関与協 力していくと共に、日本電子出版協会が開催するオープン規格の動向を巡るセミナー等にも共催、協賛の形で協力することを決定している。NISTからは、賛助会員として入会したいとのお申し出をいただき、手続きを進めている。
代表就任に際しての挨拶で、塚本慶一郎氏は、以下のような趣旨のことを述べられた。
「電子メディアの性能は、まだまだ紙の本の性能に追いついていない部分がある。今後の10年で、どこまで追いつくことが出来るか、追い越すことが出来るか、楽しみだ。10年先を見据えて、様々な議論をオープンに重ねていってもらいたい」
この半年ばかりの間、2000年3月までに何としても実証実験をやり通さなければ、といういわば強迫観念にも似た思いに凝り固まっていたスタッフの一員にとって、この言葉は大変新鮮に響いた。
思えば、グーテンベルクを嚆矢とする活版印刷の技術も 500有余年を費やして成熟してきたのではないか。今回の実証実験は実証実験として短期決戦で進めざるを得ないが、せめて視線だけは高く保って未来を見据えていきたい。グーテンベルク革命に匹敵する読書文化の革命は、今まさに緒についたばかりである。われわれが受け継いできた知的資産を、情報化、ネットワーク化の時代に発展的に生かしていくためには、ますますオープンかつ積極的な議論が不可欠であろう。今回の実証実験は、そのような議論を積み重ねていくための貴重な第一歩になることを確信している。読者諸賢の厳しくも暖かいご批判を乞う次第である。

カテゴリー: デジタルと文化の狭間で, 旧稿再掲, 書架の記憶 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です