ユニコード会議でJISを考える
4月25日から28日まで、アメリカ西海岸、ベイエリアにあるマイクロソフトで行われたユニコード技術委員会(以下、UTC)に参加してきた。
ユニコードとは、ゼロックス、アップル、IBM、マイクロソフトなどの情報関連企業で作っているコンピューターで文字を扱うための技術規格で、漢字も含む世界中の文字を集めた巨大な符号化文字集合のことだ。
ネットワークで結ばれたコンピューターなどの情報機器で、異なる文字をスムーズにやりとりできることは、いよいよ重要になっており、ユニコードは国際標準規格ISOとも連動している。ユニコードに関しては、中国の簡体字と日本で用いられる字形が統合されていて区別が付けられないなど、日本国内でも強い批判があるが、現実には、マイクロソフトのWindowsやアップルコンピューターのマックなどは、すでにユニコードを用いてさまざまな言語への対応を統一的に進めている。ホームページ製作に用いるHTMLという言語や、Javaという新世代言語でも、ユニコードを前提とするようになってきた。
UTCはユニコードに関して技術的な責任を持つ委員会で、今回の会議では、1月20日に制定されたJIS(日本工業規格)の新しい文字コード、X0213とユニコードの相互互換性をどのように確保するかといったことや、NTTドコモのiモードで使われている絵文字の扱いなども話題になった。日本市場を無視できないからである。
X0213関連では、草冠の書き方が4種類もあり、日本の主張をそのまま通すと、部首としての登録を含めて9種類にもなってしまうことの是非や日本の官公庁で多用される桁数の多い丸付き数字(⑳)など、一般に日本人では想像もつかないような細かな議論があった。
また、iモードの絵文字に至っては、国内のISO対応委員会では話題にもなっていないうちに、NTTドコモと関連のある外国企業の外国人技術者からの電子メールによる問題提起を即日取り上げる、という素早さを見せた。
ところで、今回のJISコードは、日本独自の漢字関係の工業規格としては10年ぶり3番目のもので、地名や人名、高校までの教科書に出てくる漢字など、日常的に用いられている漢字や記号類を幅広く精査して制定した「労作」だが、あまりマスコミで報道されなかった。
二年ほど前、文字コードをめぐって「漢字を守れ」キャンペーンまで繰り広げられたことを考えると、世間もマスコミも不思議な沈黙ぶりである。海を越えたUTCでの熱心な議論に参加していると、情報技術の分野では、言葉や文字といった日本の文化に固有な要素といえども、世界の大きな流れから独立しては存在し得ないことに対する世上の認識の薄さをを実感させられる。
デジタル・ネットワークの世界では、国境や物理的な距離など、国やその言語、文化の相違を形成する垣根が非常に低くなっており、それだけに、地球規模で製品開発を行っている大企業は、新しいJISが制定されたからといって、日本市場のためだけに特別な仕組みを用意するようなことはしない。これらの企業は、国家の正式な規格も含む、さまざまな国や地域の個々のニーズを、いったんユニコードに集約した上でなければ、製品に組み込まないのである。
一方、公的なISOの場では、日本、中国などの国家を単位とした利害がぶつかり合い、そこにユニコードに集約される地球規模企業の利害が複雑に絡み合って、毎回、激しい議論が繰り広げられている。
いまや、単に国益であるとか、伝統文化を墨守するといった発想ではなく、あらゆる地球市民が、自らが日常的に用いている言葉を、ネットワークで繋がれた情報機器の中でも自由に使えるような技術基盤を作ることが大切なのであり、日本人もそういう気概で国際的な議論の場に入り込んでいくべきである。
この理想実現のためには、いま起こっていることを個々のユーザーに正確に伝えるマスコミの報道が、何よりの助力となるのだが……(ジャストシステム デジタル文化研究所 客員研究員)。