電子書籍コンソーシアム事務局で、苦楽の苦の部分ばかりを共にくぐり抜けてきた、及川明雄さん、金沢美由妃さん、そして、コンソーシアムメンバーでほとんど唯一いまだに交友が続いている浜地稔さん、それに愚妻の幸子と、並木の藪に行った後、亀戸天神へ。
小学館に入社したばかりのころ、学年別学習雑誌の部長さんだった林順信さんからは、いろいろなことを教わった。蕎麦の喰い方もその一つ。そのころの定番は、神田の藪と日本橋の砂場。専大前にあった一茶庵はまだ新興勢力の風情だった。
でも、順信さんは、「神田の藪よか並木の藪の方が旨いぜ」などとおっしゃっていた。
後に並木の藪の主人が書いた『そばや今昔』(中公新書)を読んだ。
しかし、神田の藪やまつやには何度も足を運んだのに、今に至るまで並木の藪には行ったことがなかった。今日、40年来の夢が叶った。
及川さんや浜地さんたちとの散策は楽しい。気心が知れているというか心置きない関係というか。それぞれが、何の遠慮をすることもなく、それでいて、すこぶる居心地がいい。落語を聴きに行っても、東京の下町を散策しても、いつも、お二人の見識というか教養には舌を巻くしかないのだけれど、蘊蓄の数々がごく自然に何のてらいもなく語られて、それを素直に聞くことが出来る。
ゴールデンウィーク初めの日曜日で、かつ、好天に恵まれていたためもあって、雷門周辺から仲見世にかけては、ものすごい人出だった。外国人の観光客も随分増えていたような。そして、1時過ぎに行ったのに、並木の藪も行列が出来ていた。
まあ、覚悟の上だったし、楽しい仲間と一緒だと、行列に並んでいる間の会話も楽しい。
板わさ、焼き海苔、天ぷらを頼んで、ビールを2本。つまみの量は少なめだけれど、後に蕎麦が控えているのでね。
せいろ一枚ずつは、あっという間に平らげた。
浜地さんと金沢さんは、せいろをおかわり。だけど、及川さんは、頑固にかけを主張する。ぼくも幸子も、今回は、及川さんに乗ることにした。
このかけが絶品だった。せいろがまずいわけではない。というか、せいろも十分以上に旨い。名にしおう並木の蕎麦つゆも、味が濃い。思っていたよりも甘かったけれど。
しかし、かけの旨さ。きっと、蕎麦のゆで方も、せいろとは変えているのだろうが、なによりも、つゆが旨い。きりりとしていて、芳醇で。正直なところ、こんなに旨いかけそばは、喰ったことがない。そばはせいろが王道で、温かい蕎麦など邪道だと思っていたが、宗旨替えをせざるを得ない。
ずうっと昔、いわゆるバブルのころ、飛行機に乗って札幌にラーメンを食いに行く、などというばかげた話があったが、このかけそばを食うためだけに、浅草に出向くのも一興かな、などと。