インターネット時代の文字コード(まえがき)

インターネット時代の文字コード前書き

《愚者の後知恵》bitの最後の別冊。XML解説者の日を契機としてこの別冊に結集したメンバーの一部が、新しい仲間も巻き込みながら、Unicode第4版の翻訳に挑んでいる。
2001年4月
bit別冊『インターネット時代の文字コード』

1999年3月に、今はIBM基礎研究所に所属している村田真さんと優れたテクニカルライターでもありフリーのソフトウエアアーキテクトでもある檜山正幸さんが語らって、XML開発者の日というイベントの第1回目が開催された。村田さん、檜山さん、それに今回も寄稿してくれたサン・マイクロシステムズの樋浦秀樹さんとは、何度か月刊アスキーの対談でご一緒したことがあったので、ぼくと樋浦さんとで、「Unicodeの現状」といった状況報告を行った。
XMLのレコメンデーションが出たばかりだったし、村田さんや檜山さんが、川俣晶さんなどとともに、XMLの日本語プロファイルの準備をしていた時期でもあったので、Unicodeを使う側としてのXML陣営から、厳しくも鋭い質問と要望が噴出した。
規格を策定する最前線(まさに鉄砲玉が飛び交う、という意味で)にいる日本人同士が、直接規格に反映する可能性を秘めた形で、激しくも熱心な議論を行ったという意味で、このイベントは、希有の例ではないかと思う。日本でだって、これだけのレベルの議論が出来る場があるのだ。
このイベントは、参加者の好評を得たようで、現時点で第4回まで回を重ねている。ぼくと樋浦さんも、どちらかが(可能なときは二人で)Unicodeの状況報告を継続的に行っている。
bit編集部の浦山編集長に、この別冊の編纂についての相談を受けたのは、この第1回XML開発者の日の会場でだった。
この直後、ぼくと浦山さんとで話しあって、戸村さんと安岡さんに編集委員をお願いすることとした。もちろん、ぼくたちよりもずっと長く専門的に文字コード問題に取り組んでこられた専門家は多くおられ、その方たちから学んできたこと、学ぶべきことは多岐に及ぶことは重々承知していたし、そういった方々から見れば、ぼくたちがまだまだ文字コード問題については浅学非才であることも認めるにやぶさかではない。
しかし、一方で、ここ数年文字コード特に漢字コードの問題に係わってきて感じていたことがいくつかあった。
それは、おおむね以下のようにまとめることが出来るだろう。

  • 文字コードの議論は、我々の母語である日本語という自然言語との係わりが深いため、どうしても自然言語との類推が働き、それぞれの言語観に基づくターミノロジーの揺れが生じ、一定・共通のターミノロジーを定義することが困難である。
  • 同様に、文字コードが個々人の言語観に深く係わるため、得てして議論が言語観=世界観の相違にまで踏み込むことになり、相手の立場を理解した上での生産的な批判が困難になっている。
  • “日本”が、単一の言語、国籍、人種から構成されているという共同幻想を背景として、一部の人に「日本語は特別なもので日本語を母語としない人には理解が困難である」というある種の特権意識があり、この意識が国際的な文字コードの議論の場で、世界の大きな動きに対応していくことを困難にしている。(このことは、以前、bit誌に多言語情報処理に関するブックガイドとして言及したことがある)

これらの点を勘案し、ある一定の立場から統一的に文字コード問題を語るのではなく、むしろ、さまざまな立場から現状での文字コードを巡る問題点を指摘していただく方が、この問題の本質を理解していただく上で有益であろうと考えた。
ぼくが、戸村さん、安岡さんを編集委員として浦山さんに推挙したのは、こういった考えに照らして、お二人が、若い世代に属することもあって、それほど自身の世界観に拘泥することなく、さまざまな意見に耳を傾ける資質をお持ちであり、かつ、文字コード問題に対して多くの洞察に満ちた発言をされていたことによる。
後に編集委員に加わっていただいた三上さんも、文字コード問題のプロパーというよりも、東南アジア諸国のIT状況に直接触れていく過程で、文字コード問題に逢着されたという点で、文字コード問題が言語=文化的に非常な多様性を持つことを、肌で感じておられる日本では希有な存在として、単なる寄稿のみならず編集作業への参画を慫慂した。

先に挙げた問題点については、ぼく自身も常に自戒を忘れないように心がけた。
編集委員諸子の協力と浦山さんの努力により、文字コード問題の諸相を縦横に貫くさまざまな視点を持つ論者に寄稿をお願いすることが出来たと思う。
編集委員の仕事を取り巻く環境の変化と、あとがきにも述べるような、文字コードを巡るさまざまな動きにより、編集作業に思わぬ日時を要してしまった。いち早く玉稿をお寄せいただいた執筆者の方々に刊行の遅れをお詫びするとともに、編集委員諸子、執筆者諸兄に、改めて謝意を表する次第である。
この別冊bitの諸論考が、文字コード問題を多面的に読み解き、議論を深めていく小さな契機となることを願っている。

カテゴリー: デジタルと文化の狭間で, 旧稿再掲 パーマリンク

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